言語の違いによる障壁すら無効化される最強の訓練法!?

どうも、渡です。会話の自動化とは…

まさに、直感を最高な状態に奮い立たせ、相手が何を言わんとしているのか瞬時に理解する能力と言えるでしょう。察するを高感度化させたものとも言えます。

それにしても、相手の様子から何かを察する能力は、最近の現代人には低下しつつあるものです。

うむ、本来は自然と感じられ意外と多くの人に備わっていた能力だった。

しかし、今の時代は本当に鈍感なヤツが増えた。鈍感だけならまだしも、無粋とまでなるとダメだろう。少なくとも、自分がされて嫌なことを人にするもんじゃない。

どんなに口達者でも、言葉による真意や誠意の受け答えのできんヤツは人間じゃないだろう。

A子

うむ、現代は無駄な言葉が多過ぎる。

言語による表現力の多様化や、芸術性の追求ともまた違う…本当にどうでもいい雑音が増えた。やはり、インターネットやスマホの普及がそれに拍車をかけたのだろう。

自動翻訳なる便利なものもあるが、双方の価値観を乗り越え、心を通わせるまでには至らない。

うむ、どんなに科学技術が進歩しても…

感性を電気信号で第三者に伝えるのは無理だろうな。1000年後や2000年後はどうか分からんが、既存の科学的な常識から見て直近では無理だろう。

こういう場合、温故知新な姿勢で物事を考え直すと解決の糸口が見えて来るものだ。

A子

うむ、昔は音声のない映画、無声映画と言うものがあった。

その代表的なものとして…チャールズ・チャップリンの作品群を知らない人はいないでしょう。見たことのない人も、会話自動化を促進させる為に役立つものとなるので見て欲しい。

無声映画を見ることで、人間の会話内容を自然とイメージする事のできる力が身に付きます。

うむ、表情や身振り手振りから…

人間の心を一番わかりやすく理解できる、察する能力を培うには最適なものとなるだろう。無声映画の最大の強みとして言語による障壁も無効化される点だ。

話す言葉は違えども、確実に見る者に人間の心のあり方や、感性を問うことができる。

A子

現代にはチャップリンのような気骨な人がいないので残念だ。

学生時代、チャップリンの映画見ようぜ!!と、哲学の先生に誘われ、研究室にほぼ監禁状態にさせられた想い出がある。延々と見させられた挙句、長い哲学の講義の始まりだ。

だが、今となっては感謝している。あの体験がなければ今の自分はいなかったかもしれん。

うむ、チャップリンの映画でも見ながら…

作中の登場人物達のすべての会話内容を、脳内で「関西弁」にでも「九州弁」にでも変換して再生すると面白いだろう。比較的かんたんにできると思う。

慣れればスムーズに次から次へと音声として言葉が脳内で湧き出て来るはずだ。

A子

今もやっているのかどうか知らんが…

若い頃、NHKのオーディオドラマなんかよく聞いていたな。青春アドベンチャーか…音声から、登場人物や情景なんかのイメージは比較的誰でも簡単にできると思う。

今は逆に映像から音声をイメージする機会は皆無です。無声映画でそれを鍛えると良いでしょう。